Site Guide



From quality control in the Bbs to a relaxed style of service in the site, Ghetto opened in 2003 and was one of the first suicide site to serve community content in a casual setting.




Hey You

 Ghettoへようこそ。管理人のゆでたまごことたまごんです。このサイトは自殺に関する情報を含み、自殺のサイト自殺系サイトなどとも呼ばれています。

 こちらでは、主に、自殺願望や心の病を抱えているひとの互助交流や生と死に関して語り合うことを目的としておりますが、雑談やひとりごともOKです。

 自殺願望があるひと・精神疾患のあるひと・ひきこもりのひと・アーティスト・ギーク・ワンク・文学青年・崩壊家庭出身者・外国人・平和主義者といった極端でも心のやさしいひとは歓迎しています。

 それから、もしこの場所で抱えられていた問題が緩和されたり、気が楽になるようなことがあってもサイト側には貢献しなくてけっこうです。

 その代わり、困っているひとを見かけたら本人の意思や意向を尊重しながら助けてあげてください。心のやさしいひとはちいさなことでもいいですから見返りを期待せずこっそり助けてあげてください。

 現代は、人間関係の希薄さが指摘されていますが、みなさんがそのような姿勢でふるまってくだされれば無償奉仕の精神を循環させる程度の意義を持つことになります。



本サイト側の法的正当性と定理

 本サイトは、最高法規日本国憲法第13条の『幸福追求権』や第21条の『表現の自由権』に基づき、個人がハンドルネームで管理・運営しています。
 
 本サイト側の法務については、国際的に活躍されている人権活動家や法曹家の助言も参考にしており、法的効果が発動しているところがあります。

 本サイトでは、強力な法的効果が発動しているテキストのタイトルはレッドで標記しています。また法的効果が発動しているところでは、こちらのサイトとサイト側のことを『本サイト』と『本サイト側』と標記しています。

 それから、注意が必要なところはオレンジで標記し、免責と禁止と著作権に関する各事項はイエローで標記しています。

 また、サイトガイドでは明確な法的効果が発動していない、長文のところを中心に、まとまった文章の書き出しの単語のフォントをラージサイズのオリーブにすることで読み易くしてあります。

 本サイト側には、本サイトと本サイトの管理人と本サイトを好ましく感じ、サイトガイドを理解している本サイトのユーザーも含まれます。はじめてのひとは、利用するにあたり注意が必要な情報の削除についてまでは必ず読んでください。

 尚、本サイト側の信用を損なう可能性のある行為については、相応の誠意が見受けられない場合、先進諸国の人権思想や本サイトの思想的価値観に照らし合わせて審査させていただくことがありますが、場合によっては特別な救済活動を行う場合があります。

 天に代わりて筆誅をくだす、といった大それたことは考えておりませんが、先述した視座から特別な救済活動が必要な場合は、被害からの回復を目的に法曹家と協議したり、正当に収集した確証や傍証を基に記事にするなどして弁護・弁明などを行う場合があります。



本サイト側の免責事項

 本サイト側の免責事項は、本サイト側に適応されます。下記が本サイト側の免責事項です。

  • 本サイト側とリンク先サイトの情報がご自身の需要に適合するものか、また情報の正確性・適切性の判断をご自身の責任で行ってください
  • 本サイト側とリンク先サイトなどに起因・関連した事件や問題について、本サイト側は一切の責任が免除されます



    本サイトの禁止事項

     本サイトの禁止事項は、全ユーザーに適応されます。下記が本サイトの禁止事項です。

  • 個人の尊厳や安全や基本的権利を損なうことを目的とした非難・糾弾・ストーカー行為
  • 詳細な自殺方法を紹介したり明らかに自殺を助長する行為



    本サイトの著作権に関する事項

     本サイトの著作権は、基本的に本サイトの管理人に帰属しますが、他の各事項も個別に適応されます。下記が本サイトの著作権に関する事項です。

  • 本サイトの情報の著作権は基本的に本サイトの管理人に帰属します
  • 本サイトのユーザーが書き込みした情報の著作権はユーザーに帰属します
  • 本サイトの情報を著作権者に無断で転載・引用することは禁止します
  • 本サイトの情報を好意的または客観的立場でブログやTwitterやSNSなどで紹介したい場合、転載と引用が可能です
  • 本サイトの情報を上記以外の方法で利用したい場合、著作権者である本サイトの管理人またはユーザーが直接リクエストに応じた場合にかぎり、その情報の転載と引用が可能です(2010年以降そのようなことはありません)



    情報の削除について

     書き込みされた情報の削除についてですが、禁止事項に明らかに抵触する内容は削除します。また問題のある内容を投稿したひとが追い詰められ、助言を必要としていると考えられる場合は敢えてそのままにしておく場合もあります。

     本サイトでは、問題のある言動を取ったひとについても人命を最優先させる人道主義の方針です。もし、禁止事項に抵触する行為を見受けられた場合はそっとしておいてください。



    芸術と教養

     数ある職業のなかでも、人類最古の職業やそれに準じる職業というものは、社会のプリミティブな需要を満たしているという意味で尊いですが、芸術家とその作品は文化を支えたり、精神的支柱になっているという意味で尊いと僕は考えています。

     建築家は設計図を与え、大工は建物を与え、農民は農作物を与え、漁師は魚を与え、宗教家は救いや希望を与えます。多少でも芸術家やその素質があるひとの場合は作品や物語を通して重要なことを示したり、シグナルを送ることがあります。

     といっても、僕の場合は、極東の島国で世界の波風が穏やかであることを願っている一般市民ですし、これは憶測です。

     先述したひとたちの場合は、過去の芸術作品や物語を眺めていても生きる為、生き延びる為に必要な情報が自然に浮かび上がることがあるようです。

     また、未来に生起する可能性のあることを追体験して回避や解決や緩和に繋げることもあるようですが、価値ある情報を読み解くにはある程度の教養も必要です。

     教養とは、一般的には、ある程度の知識や学問を学ぶことで得られる物事への理解力を意味しています。また、さまざまなひとや社会と関わったり、さまざまな場所に住むことで習得できる、物事を比較して情報を分析したり、展開を予測して問題を回避・解決・緩和させる能力のことも意味します。


     そして、教養を深めるということは、知性や世界観にはさまざまな尺度があることを学ぶことも意味します。このときに視野狭窄や思考停止を起こさないように他の考え方との差異を学ぶことや、分かり易くて巨大な思想に安易に絡め取られたり、吸い込まれて自分を見失わないように注意することも必要です。

     下方の渦状の画像は、青木ヶ原(Aokigahara)の樹海。このときの樹海では雨脚が弱まり、マリアージュな木漏れ日が降り注ぎ、樹木の葉の匂いがたちこめていました。

     青木ヶ原樹海で人間の死体や分解される前の遺骨を見掛けたことはありませんが、亡くなられたひとの遺品と思われる衣服や靴が散乱しているのを見掛けたことがあります。

     定住民である現在の僕は、顔を見たことのない死者の遺品と思われる物や青木ヶ原樹海の画像を眺めると、遺品を身に付けていたひとのかけがえのない日常を追憶し、眩暈を催すことがあります。物にもいのちが宿ることがあるということなのでしょうか。

     青木ヶ原樹海では、人間の死体も獣に損なわれることで分解され、かつては人体だったものも乱雑に散らばっています。そして地面は筆舌に尽くし難い時間を経て積み重なった、生き物の死骸を含む堆積物や草花で隈なく埋め尽くされています。

     樹海の地下には、人知れず散って深い眠りのなかへと降りていった、数え切れないほどの死者の霊魂が横たわっていますが、辺りには沈黙の粒子が渦巻いていました。


     の場合は、青木ヶ原樹海に行ったときに自殺を企図する意図はありませんでした。本格的な自殺未遂はしばらくしていませんし、当分、自殺するつもりはありません。

     最近は、とりあえず2022年まで生きる予定でいます。ちなみに樹海の原生林のなかでは、そのときの気分でビールを飲んだり、シャドーボクシングのようなことをしたりもしていました。

     話を戻します。柔軟ではない観点や思考は、本来、物事が重層的・多元的に構成・機能しているということを見落とす可能性がありますし、物事には黒か白かではジャッジできないことも多々あります。世の中はそんなに単純じゃないし、中間には灰色も存在するからです。

     さらに言えば、灰色のなかには黒に近い灰色や白に近い灰色も存在しますし、宗教や思想に関することのようにひとによって映る色が極端に異なる場合もあります。



    管理人の思想的価値観

     以前の僕は、友人たちとキリスト教の教会に行っていたこともあり、思想的にはどちらかといえばリベラル寄りです。

     しかし、未成年の頃から神社仏閣は、身近な存在でしたのでときどき参拝することがあります。これは宗教心からではなく、大和民族としての日本への敬意によってです。

     こういうことを言うと、疑問を感じるひともいらっしゃるかもしれませんが、実際にキリスト教関係者のなかには教派を問わず神社を参拝するひとはいますし、大規模な神社にはキリスト教圏の国のひとたちもよく参拝に訪れます。

     昨今は、神社の境内を破壊するなど、信仰の対象とも考えられているところに対する蛮行が話題になりました。

     しかし、そのようなことは、全体からすればごく一部の不届き者が仕出かしたことです。実際には、観光や参拝に訪れている反日国と言われることもある国の外国人たちのほとんどは普通にフレンドリーな印象がします。

     キリスト教関係者や外国人が神社を参拝する場合、日本への敬意や親和性によってです。ついでにこれは経験的な教訓ですけど、猫と教会と神社が好きなひとに不寛容で悪いひとはいません

     といっても、この三つとも好きなひとはほとんど居ないかもしれませんね。ちなみにこの内の一つでも蛇蝎の如く嫌っている場合、なぜか、不自然というか不可解なひとが多い気がします...。


     日本では、宗教というと統計上の信者数の多い幸福の科学や日蓮系の新興宗教をイメージするひとが多いと思います。しかし、僕の場合は幸福の科学や日蓮系の新興宗教の信徒やカルトやテロ組織や反社会的勢力や消防団や防犯団体のメンバーではありません。

     上記のコミュニティの内、上記の新興宗教に勧誘されたことはありました。しかし、他のところから加入を求められたことはなく、上記のどのコミュニティにも興味がないので加入したり、活動に参加したことはありません。

     近年は、先述したの新興宗教をはじめとしたコミュニティは、メンバーとして登録していても活動にほとんど参加しないひとが多いです。上記のコミュニティのメンバー数はまだ多いので、今までに懇意にさせていただいたひとにもそういったひとはけっこういました。

     ある思想や価値観を信じる自由はありますが、信じない自由もありますので、押し付けがましくなくて確固とした信仰心や信念を持っているひとには、敬意を払っています。

     しかし、僕自身が、先述してきたコミュニティに加入したときは、こちらも含めて思想的価値観に言及しているところでは自分の立場を示さなければフェアではありませんので公表します。

     これは、一般的にもある程度知られていることです。先述したコミュニティのなかには、外国人やジャーナリストと会ったり、他の都道府県に行くときや他のメンバーの細かい素行について報告義務のあるところも多いです。

     しかし、僕の場合は、同年代の標準的なひとと同様に、そういったプライバシーや財産や言論や表現の自由権を含む人権が明らかに侵害される可能性があることには同意したことはありませんし、信用情報に影響を与える保証人などになったこともありません。

     僕が、今までに加入したことのあるコミュニティは、どちらかと言えばリベラル寄りの一般層の多いコミュニティが多かったのですが、加入前に間接的な方法も含めて基本的な人権が侵害されないことや自分の意向でいつでも抜けられることの確認を取ったところのみです。


     こちらで、説明していることは、学生時代から他のひとたちにも話していることで、その概容と論理的整合性は以前から一貫しています。

     今までに関わったことのあるコミュニティも、どちらかと言えばリベラル寄りの一般層の多いコミュニティが多かったのですが、リベラル寄りのひとたちはやさしいひとが多いので人間関係の問題は少なかったです。

     ちなみに、僕の思想的価値観が、リベラル寄りといってもそんなに極端ではありませんが、視野を広める為にリベラル寄りの購読物を複数取っていた時期がありました。しかし、実際の思想的活動は、一般層が中心に参加している脱原発や平和運動のデモに数回参加したことがある程度です。

     しかも、その時期も、鶴見済さんのデモに行くときに缶ビールを飲むことがあるという発言を参考にし、そのときの気分で発泡酒を片手に歩くくらい自分の気分を大切にする人間です。それから、基本的に護憲派ですから自衛隊が他国に侵攻することには賛同しませんし、好戦的なタイプや軍事オタクではありません。

     しかし、自衛隊の存在や国防思想は否定していませんし、先制攻撃を仕掛けられて国民の生命が脅かされる有事のときは、中東の小国イスラエルの『周辺から同情されて滅びるよりも応戦して生き延びる道を選ぶ』といった価値観を参考にして対応するべきだと考えています。


     また、僕は『基本的に戦争には反対やろ?』や『自殺や人口減少問題は解決されるべきやろ?』などと思想や社会問題に関し、漠然と聞かれた場合は簡潔に『せやな!』といった具合に返答しています。

     僕は、自分の価値観と意見を持っている人間です。ですからシンパシーを感じているひとの意見にも明らかに同意できない場合は『何言うとんねん!』や『NO!』と言ってきました。こちらに書いたことについては、相手に関係なく、具体的に聞かれたときや関連した話題になったときははっきりと言ってきました。

     しかし、場合によっては敢えて具体的に対応をしないことのほうが良いこともあります。以前、ある知人は年配の一般層の知人から『カ○○○○○が関わっているデモに参加することに興味があるがどう思うか?』といった質問をされたことがありました。

     僕は、そのようなデモなどに興味はありませんが、上記の難しい質問をされたひとの場合、ひとによっては拒否感のあることでも、表現の自由や内心の自由は認められなければいけないことから、『そういうことは自分で決めればええやん!』といった意味の返答をし、相手に判断を委ねたとのことです。

     たしかに、世の中には、意見や対応を求められてもあまりにも難し過ぎると感じた場合は、どうとでも解釈できる対応をしたり、笑顔や難しい表情でごまかしたり、具体的な対応をしないことで問題を回避する処世術が必要なときもあります。また他のひとの基本的な権利や意向を軽んじて価値観を押し付けることはよろしくありません。

     こちらのサイトも、個人がハンドルネームで運営しているという前提の空間ですけど、思想的価値観に関する話をしています。そういった場合は、自分自身の価値観を含めた参考になる話をしたほうが公正だと思いましたので、どうとでも解釈できる表現を含めて言及しています。


     それから、最近、自殺のサイト界隈に注目されている可能性がある、あることが本文を執筆するきっかけ(一応自殺のサイトとも呼ばれるサイトの主催者でもあるので)になり、ジェットコースターのような勢いで書きました。

     近年、国家や民族間の主戦場は、現実からサイバー・スペースやアウター・スペースへとシフトしたと言われています。しかし、テロ組織のリクルートの場もサイバー・スペースへとシフトしつつあります。

     そして、今年(2017年)の春からジャーナリストたちの界隈にある噂が広まったそうです。その内容は、テロ組織の指導者たちが食い物や自爆テロの実行犯にする為、共謀して私産を収奪したり、心理操作し易い自殺願望のあるひとを定期的に探しているといったことですが、情報源はこちらの御仁でしょうか。

     ついでに、その話にカルトに共通している特徴を中心に補足させていただきますが、自殺願望があることに加えて単身で身寄りが少なく、比較的人生経験の浅い若年層や崩壊家庭出身者や精神疾患者やハンディのあるひとが中心に狙われている可能性が高いのではないでしょうか。

     カルトやテロ組織のリクルーターと考えられるひとが近付いてきて、そのひとの容姿が整っていたり身なりがきちんとしていても、常に自分たちへの外部からの攻撃と被害を主張したり、特定の個人に対して一方的に非難するようになったら注意してください。
     
     一般企業の場合も、リクルーターの身なりはきちんとしていますけど、特にテロ組織でリクルーターのリクルート時の身なりがきちんとしている場合はヤバいところが多いです。

     どうヤバいのか、ずばり言うとグループの内在論理に目的の為なら手段を選ばないということが含まれている可能性があるからです。例えばやテロ組織の場合は、規模の大小にかかわらず、どうしても民族着や動き易いラフな私服になる傾向があると思います。

     にもかかわらず、リクルーターのリクルート時の身なりがきちんとしている場合は、そのグループにはリクルートの能率を高める為に本来の姿を変えるという、目的の為のショートカットが行われている可能性があります。ですからその場合、そのグループでは目的の為なら手段を選ばないことをする可能性がある、ということになります。

     個人の場合であれば、問題になる場合は多くありません。しかし、グループの場合はヤバい場合が多く、高信頼社会では噂になり易くて目立ちます。身に覚えのある自殺願望のあるひとたちはお気を付けください。

     ついでに助言しておきます。ヤバいという直観がしたときも状況によっては、相手を怒らせないタイプのぶっ飛んだ態度を取って普通の人間ではないと思われたり、外部からの介入を促すといった規格外の対応をしたり、寝込んで何の対応もしないというのも良策になることがあります!



    Thank You

     ここまでお読みいただきありがとうございます。下記のテキストも気が向いたひとはお付き合いください。

     ちなみに、普段の僕はインドア派ですけど、ネット上の舌鋒が鋭いほうではありませんし、質素です。以前、個人ブログでは遠出したときのことをときどき紹介したりしましたが、本文の原文完成時は首都圏にさえ約1年半ほど行っていませんでした。

     それから、最近、サイトガイドに出先で撮影した画像を追加しましたが、3〜4年前のものがメインになっています。 本文の原文が完成したときの財布の中身は5000円少々です。

     『本当かよ(笑)』と突っこまれそうですけど、基本的に僕は本当のことしか言いませんし、普段は地味でシンプルな人間です。

     余談ですが、しばらく長財布を利用しています。折りたたみ財布のひとは、3000円くらいのものでもいいから長財布にしてスリムでもいいからLoFtなどで売られている強度の高いチェーン(スーツで仕事しているひとは強度の高いワイヤーなど)で紐付けすると経済的にも精神的にも多少余裕が出てきますよ。
     
     さて、話を戻していきます。自殺のサイトに出入りするようになってからしばらく、僕は典型的なギークのひとりでした。こういうことを主張することに以前ほど意味を感じなくなりましたが、過ぎ去った日々の私事を語るのは気恥ずかしいものですね。

     当時の僕は、国家や社会への所属意識が薄く、地方の大学を休学していましたが、在籍していた学部は教養学部で哲学専攻でした。

     勤労学生でしたから、学業の傍ら、さまざまな業種の契約社員として労働し、余暇はカルドセプトや女神転生などのマニア向けのゲームをプレイしたり、岡崎京子さんや山本英夫さんの漫画を読んだり、ドアーズやピンクフロイドを聴いたり、口笛を吹きながら海辺を散歩したりしていました。

     しばらくしてから、青木ヶ原の原生林のなかや自殺名所を彷徨い歩いたりもしていました。ちなみに青木ヶ原樹海の画像は4年くらい前のものだったはずです。尚、本段落の上下3枚の画像は、下にスクロールするほど被写体にピントを寄せていくシンプルな構成になっています。


     それにしても、時間というものは、あらゆるものを堆積させていきますが、なぜだろうか。

     人生のある時期に、そういうことを深く考えることは誰にでもあるでしょう。あなたにもあったでしょうし、僕にもありました。僕にも青木ヶ原樹海のなかでそういうことを考えていた過去がありました。

     物質もそうですけど、記憶も新しいものが生まれれば古いものは底のほうへ堆積していきます。そして堆積していったものはあたかも現世から遠ざかり、暗闇のさなかへと降りていき、新たなものが生まれてくる。

     新陳代謝のプロセスは自然の摂理ですが、僕は樹海の木立や緩やかな風に揺れている草花を眺めながら、そういうことを考えていた時期がありました。

     また、僕は、自殺のサイトに出入りするようになってからひとのいのちが救われたり、喪われていくのを凝視しながら、しばらく諸行無常やもののあわれについて考えていました。

     そして、自殺のサイトの掲示板やチャットで意見交換をするようになってからは、抱えている問題が緩和するようになり、自分でも自殺のサイトをオーガナイズしてみようと思ったのです。


     Ghettoは、今年で14年目になりますが、一度リニューアルしていて旧サイト名は『自殺サークル(suiside sircle)』で旧管理人名は『天照(amaterasu)』でした。

     このサイトが産声をあげたのは、2003年の10月8日のことです。当時の自殺のサイト界隈はまだ黎明期の気配が残る発展期で参入障壁が低く、雨後の筍のように沢山のサイトが登場しましたが、そのほとんどは3年以内に閉鎖され、予告なく更新が途絶えたところもありました。

     自殺のサイトのユーザーの自殺率が高いことは、ときどき話題になりますが、ネット上の数あるカテゴリのサイトのなかでも自殺のサイトの管理人の自殺率が一番高いことも関係しているのでしょう。といっても客観的に考えるとかなり特殊だと考えられている、自分のような人間も居るのだけれど。

     Ghettoをオーガナイズし、界隈にプレイヤーのひとりとして参入するようになってから長い時間が流れました。稀に心のノートを読み返す機会があると、さまざまな価値観やポジションのひととの出会いがあったことを思い出すことがあります。

     そのなかには、弱いひともいましたし、強いひともいました。愚かなひともいましたし、賢いひともいました。地元のことしか知らないひともいましたし、さまざまな社会のことを知っているひともいました。途轍もないひともいましたし、規格外だと直観させられたひともいました。


     さまざまな出会いを経験したことで、希望を持つきっかけにもなりました。定期的にお付き合いさせていただいたひとやコミュニティは信用できるところでしたので本心から感謝しています。

     なかには、涙なしでは語れないこともありましたが、おかげで生きる為、生き延びる為にに必要な危機管理能力や情報分析力や胆力も備わりました。

     現在、僕は30代で結婚歴がなく、子供は居ません。上半身に一箇所疾患がありますが、遺伝的に特になり易い生活習慣病はありません。風邪を引いて一時的に体調が思わしくないときはありますが、健康面の不安は以前ほど抱えてはいません。

     当分、自殺する気はありませんが、思想的なところは多少界隈に継承されていけば良いかなと思っています。そう思うようになったのは3年くらい前からでしょうか。

     そう言えば、今までにもGhettoの常連だった堕天使(ハンドルネーム)さんがこちらのサイトに影響され、自殺のサイトを作って数年間運営されていたり、同じく常連だったりのさんがメンタルヘルスサイトを作って短期間運営されていたということもありましたね。

     僕は、他のひとに自論や価値観を押し付けたり、自分の鋳型に他のひとを入れるつもりはありません。しかし、自分がドクターキリコ事件に関心を寄せ、関連書籍や安楽死狂会のログなどをサイト作成の参考にしたのと同程度に、これからも思想面はこの界隈に多少引き継がれていけば良いかなと思っています。


     ところで、アカデミックな素地のある仙台出身のイカした漫画家が、出会いを重力や運命だと言っていましたが、運命はあらかじめ定まっているものだとも言っていました。

     また、運命は偶然ではなく、やはり、何かしら理由があるという説もありますのでGhettoを利用するときは、多少、ご縁を意識してくださるとうれしく思います。

     そして、抱えられている問題が緩和されること以外にも、ご縁をきっかけに視野を広げられてご自身のやりたいことを見つけられたり、意外な長所や能力に気付かれて人生の次の道に繋げられるひとが増えることも願っています。

     そうした意味で、スリーパーを起こし、ポテンシャルを上げていくきっかけになれば幸いです。デンマークの哲学者キルケゴールも言っていますが、死に至る病とは絶望のことです。

     しかし、ひとは他人からすればささやかなものであっても、パンと水と希望があれば生きていくことができます。どうかご自身の希望を大切になさってください。

     こちらのサイトを作ってからも長い時間が流れました。


    Yudetamago,Editor&Webmaster of The Ghetto (Update 2017/06/28)


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     サイトのガイドです。

    事情と境界線と楽園
     サイトのベースとなっている思想的価値観です。音楽が流れます。

    真夜中の希望教会
     生と死に関するお話や互助交流ができる掲示板。

    夜明けの口笛吹き
     静かな夜明けの町の石畳に座り込み、口笛を吹くようにささやける掲示板。詩やひとりごとが好きなひと歓迎。シド・バレットやピンフロやヴェルベッツが好きなひとも歓迎。

    いのちのチャット
     チャットルームです。2号室3号室も同様です。ただし、2号室については入室した場合のみログの閲覧ができる仕様になっています。

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