個人の事情と楽園
個人の事情について
人にはそれぞれ事情があるでしょう。誰でもひとつやふたつは、他の人が知ることはなくともつつしみ忍んでいる事情というものがあるものです。原理原則や一般的な倫理でははかれないような私的な事情が。その人が“そう在る”には、現実ではどうしても話せなかったりする、事情というものがある筈なのです。誰も知らない、だれもしらない事情が。
ですから、辺りが暗闇に覆われていてまちがった行いをする人が居ても、頭ごなしに価値観を押し付けるようなことは控えてください。仕方のない場合は、その人が光の当たる方角を歩けるように願ってください。頭ごなしに相手を非難しないのは、自分も相手に非難されたくないからではなく、そうすることがまちがっているからです。相手の方にもそれなりの事情があるでしょうから、責めたりはしないで只願っていてください。
楽園について
どうしようもない事情があって、水底に沈殿したまま掬い上げてもらえないような生き方をしている人も、決して陽のあたることのない路地裏を、ひっそりとあるくような生き方をしている人もすくわれたような気分にしてくれる。或いは、そんな刹那の錯覚を感じさせてくれる空間。もし、楽園と呼ばれる場所があるのなら、すこし猥雑で色々なものがカオスしていてもそういった場所のことなのかもしれない。
そしてその楽園へのドアは閉まることはない。だって、混沌としていて暗闇に覆われていたって、淡い光が射し込んでくる場所には、いつだって様々なものが集まってくるのだから。