一筋の光明

 

 こちらは、メッセージ性の高いテキストコンテンツです。

 自殺系サイトやその利用歴を中心に語っています。気が向いた人は参考にしてください。




1.Club Sui-Cideとは
2.自殺系サイトの管理人
3.あたかもディストピア
4.喪失と救済
5.ストーリーテラー
6.一筋の光明



Club Sui-Cideとは

 まず、Club Sui-Cideと自殺系サイトの管理人の説明をします。

 Club Sui-Cideとは、チャタートンさんが運営されていた自殺系サイトのリンク集サイトで、とても使いやすいところでした。

 ただし、登録されていたサイトはユーザーの多いサイトから放置プレイ状態のところまであって玉石混淆でした。

 僕が、Club Sui-Cideからよくウォッチしていた自殺系サイトは、DeadLineやCurrentや自殺志願者の憩いの場や自殺企図者や自殺志願者交流会館や彷徨や病んだ魂や生死の狭間や若者の自殺掲示板や自殺掲示板(モッツアレラさんのところ)などです。

 精神系サイトでは、水鏡の楼や埋葬の音や青息吐息などに出入りすることが多かったです。それとぴぅあの世界という東北の女の子がやっていた個人色の濃い精神系サイトにもときどき行っていました。


自殺系サイトの管理人

 Club Sui-Cideに登録されていた一部のサイトには、神懸りで作ったとしか考えられないところもありました。

 信じられないほど、プログラムやデザインやテキストの技術が凄まじく、界隈の住民の心に碇を下ろしたところもあったはずです。

 たとえば、前述したDeadLineのトップページや水鏡の楼のポエムページなどがそうではないでしょうかそうしたところになると匠の技術によって作られたといっても過言ではありません

 自殺系サイトの管理人には、僕よりタフな人や賢い人や優秀な人はたくさんいました。

 たとえば、こちらで説明した最高クラスのサイトを運営し、どちらかというと穏健派に属していたこの界隈の巨匠たちのことです。ちなみに僕も穏健派に属します。

 こちらのイメージはシルエットですが、好意的に述懐したサイトの管理人さんたちも光の子になります。


 そういえば、精神系色の濃いところを含めると女性もけっこういました。

 たとえば、日本で始めて注目された自殺系サイトである安楽死狂会の管理人さんや生死の狭間の管理人のアガガさんも女性でしたし。

 いまは、各サイトに掲載してあるテキストを読むと、男性の割合が高いと考えられます。

 なお、自殺系サイトや精神系サイトの場合、管理人の性別に関係なく、小規模のところも含めると3年以内に閉鎖するパターンが主流です。


あたかもディストピア

 いま思い出すと、自殺系サイト界隈には白○というサイトもあってそこの管理人さんは、ひんぱんにいろいろなサイトにカチ込んではトラブルを起こしていましたね...。

 彼などは、典型的なタカ派に分類されます。端的にいうと彼の場合、直情的で自己評価と基礎学力は高かったはずです。

 サイトに導入されていたプログラムから、理系のセンスもあったように記憶しています。

 にもかかわらず、新しい価値観や技術に不寛容で、ことあるごとに他の人に自分の価値観を押しつけることに収斂していました。具体的には思考のフレームが狭く、他の人にレッテルを貼って無闇矢鱈に弓を引いていました。

 前述したように、その人は時代の流れに逆行し、普通の人間が見聞きしたら腰を抜かすようなことを断続的にしていました。そのため個人の権利に無遠慮な、専横なる言動が引き金になって四面楚歌に陥り、立ち行かなくなりました。

 言うまでもなく、彼の場合正鵠を射てゲームに勝ち続け、多くの果実を手にすることはありませんでした。そういえばこのサイトでも暴走されていましたが、迷惑でした。

 しかも、各所で彼と揉めた人たちがサイトに押し寄せ、コミュニティコンテンツに暴徒のように乱入されることもありました。




 時を同じくして、大量の迷惑な罵詈雑言やスパム投稿などをされて荒らされるようになり、度々過去ログが飛んでしまうこともありました。そのためこのサイトのコミュニティコンテンツから、常連さんが離れていくことになったわけです。

 僕も、自殺系サイトを利用していたときに、一時的にキレることはありましたし、ネガティブな感情をひきずったこともありました。

 でも、ショッキングな人ほどしつこくはありません。



喪失と救済

 いまや、この界隈の長老の一人になりましたが、駆け出しの頃は黎明期から発展期に移りはじめたような時代で、まだ時間的連続性を経ていませんでした。

 僕の場合、先人たちのやっていることを見様見真似でアレンジしながら脱構築し、自分の型を作っていきました。

 いま振り返ってみると、ときどき暗闇に覆われた果てしないトンネルや洞窟のなかを、光を求めながら手探りで歩いているような、不思議な気分になることもありました。

 その間、さまざまないのちが喪失したり、救済されたりしていくのを眺めているうちに、諸行無常を意識することがありました。






ストーリーテラー

 なぜ、凡庸な技能と才能の持ち主に過ぎなかった自分が最後まで生き残ったのかというと、環境の変化にやや敏感だったことや運の要素が関係しているのでしょう。

 他にも、理由はいくつかあります。

 我田引水になりますが、グリットは高いほうです。僕は関心のある分野はかぎられていますが、没頭するタイプです。

 そのため、そうしたことへのトライアンドエラーは、気が遠くなるほど繰り返してもあまり苦にはなりません。

 だからこそ、サイトの更新も納得がいくまでトコトン繰り返しましたが、グリットについてはこちらを参考にしてください。


“こちらで説明している遅い知性とは、標準的な人や速い知性のみ極端に発達している人が長い時間を掛けて出せる答えを、ずっと短い時間で引き寄せることのできる能力でもあります。

(『さまざまな知性 精神的遊牧民』)”


 このように、時が流れてから過去を追憶し、読み手に物語を追体験させるストーリーテラーの能力は当初からありました。


一筋の光明

 さて、冒頭で言及したClub Sui-Cideの話をします。

 僕が、長年利用していたClub Sui-Cideはかなり前に閉鎖しましたが、2008年からネットの世界からすこし距離をおくようになり、確認が遅れました。

 閉鎖した事情は、管理人のチャタートンさんの旧ブログにアップされています。そちらには自殺系サイトの歴史に関する秀逸な記事もあります。


参考記事
硫化水素自殺は誰が発案したのか
自殺サイトの超簡単な歴史


 いまは新たなブログに移動されましたので、ついでにそちらもリンクします。

参考ブログ
web-g.org


 なお、Club Sui-Cideのユーザーは、このサイトとも重なっている可能性があります。

 こうした事情もあって、Club Sui-Cideの管理人のチャタートンさんの新ブログと旧ブログをこちらにリンクした次第です。ちょっとというか、かなり時間が掛かりましたが...。

 Club Sui-Cideは、自殺系サイトという薄暗いフィールドにありましたが、ときどき光明が射し込むような穏やかなところで、多くのユーザーの灌漑になりました。

 僕のネット上の青春時代を語る上でも欠かせないところです。






 





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